コミュニケーションは、やっぱり「聴く」が鍵かな ― 2011年08月04日 18時18分13秒
アサーティブネスに出会ったのが、2006年。
自分も相手も大切にする、コミュニケーション。
相手の権利を侵害しない限りにおいて、
自分の権利を行使できる。
相手を攻撃しないコミュニケーション。
しかし、アン・ディクソン氏の理論でアサーティブネスを学んだので、
コミュニケーションというよりは、
やはり、「自己主張」の仕方。
頼みたい時、
NOを言いたい時、
批判を受けた時、
怒りの対処の方法、
などなど、
そういう場面での「自己主張」の方法を
スキルとマインドの面で、学んで。
とても、大切な、大事な、すばらしい理論だと思っていました。
しかし。ある日。
下の立場で、上の人に言う難しい場面で、
(しかも相手はアサーティブネスを教えているということもあり、
ただでさえ緊張)
「言い方が悪い。自己主張の仕方が悪い。注意せよ」
と、言われ、
なんだか、その、宝物、と思っていた気持ちが、
崩壊したようでした。
ディクソン氏の理論の自己主張の仕方は、
事実(相手も認められる事実)、
感情、
提案・要求 を
整理して伝えるために、
1ミリのスキもない、「正論」になる。
だから、伝える時の自分の気持ち、
「相手を責めようとしていないか」をよぉく確かめてからでないと、
正論で相手の口を封じてしまうことが、
簡単にできる。
例えば、
「誰のおかげで、飯が食えると思っているんだ」と、
専業主婦や、未成年の学校いってる子どもが、
夫や父親から言われたら、
何も言い返せない。
よって、これは、コミュニケーションとは言えない。
というように、
相手も認める客観的事実から始める「自己主張」は、
容易にクレーマーになれる。
だから、 「相手を責めるのでない、一緒に解決しようという心の姿勢がキモ」
と、さんざん、教わったところで、
その教わった相手から、
「自己主張の仕方が悪い。注意せよ」と言われ、
アサーティブネスに対する何かが、自分の中で、崩れた。
そんな時、
以前から予定していた、
IPS:インテンショナル・ピア・サポート
の、研修に参加し、
目からうろこ、、、、、でした。
そのコミュニケーションの理論は、
「なぜ、相手はそう思うのか」と相手の話を聴いて、
そうして、「自分のことも聴いてもらって」、
お互いで新たな気付きを得ていく、というような対話。
アサーティブネスという、
基本、「自己主張」とは、ちょっと違う。
いや、ずいぶん違う。
まず、相手を聴こう、相手の世界観を知ろう
そこが、大きく違う。
相手の考えを知り、
そうか、そう思ってたんだね、そう考えたんだね、
と思えるように自分が聴くと、
相手も「聴いてもらった」と思える。
となれば、相手も今度は、こちらの話を聴こう、という気持ちが
芽生えるかも。
そこから、考え方の違う互いが、対話を続けていくことで、
新しい展開が生まれる。
「自己主張の仕方が悪い。注意せよ」
と相手から言われて気持ちが崩壊していた自分にとって、
「なぜ、相手はそう思うのか、聴いてみる、知る」
というコミュニケーション理論は、
衝撃的でした。
アサーティブネスで全てのコミュニケーションが成り立つ、
そんな風に思っていた自分にとっては、
6年ぶりの変革。
やっぱり、盲信はよくない(笑)
もちろん、アン・ディクソン氏のアサーションが有効な場面もたくさん。
「NOという時」など、とてもいいと思う。
それと、「頼みたい時」。
と考えると、「交渉」の場面が多いのかもしれない。
親しい友人とか、親子とか、
頼む、NOと断る、以外のような「対話」では、
アサーティブネスより、IPSの「相手の世界観を知る」かなぁと思う。
そうそう、象徴的なことがひとつある。
アサーティブネスの講座の中で、
ロールプレイをしたのだけど、
私の役は、
「定年退職した夫が、毎日家でゴロゴロしている。
夫にも何か趣味を持ってもらいたい」
という専業主婦の役をしてみた。
「主婦」は、自分は、いろいろなお稽古ごとやサークル活動で、
毎日、出かけたりしているところで、
夫を置いていくのに、気が引けていたり、
という気持ちがある、と想定。
で、ロールプレイ開始。
事実:退職して、毎日、家にいるね、おとうさん。
感情:私は毎日、サークル活動とかお稽古ごとで出かけて、申し訳なく思う
提案:おとうさんも、何か習い事を始めてみたら
で、やったところ。
「私だけ出掛けるのが、なんか、悪くって~」
と言ったら、相手役が、
「えー、そんなの全然、気にしなくていいよ、うんうん、出かけなよ」
「そうは言っても…」
「俺はいいんだよ、別に。まだ、辞めたばかりだし、ちょっとのんびりしたいからさ」
と、相手役の言葉を聴いたら、
「おとうさんも何か趣味を持ったら、習い事始めてみたら」
という要求が、消えてしまったのだ(笑)
このときの感覚は、まだ覚えている。
すーっと要求が消えてしまった。
なので、自己主張する前に、相手の思いを聴くと、
何か違う展開が起こる
新しい見方ができる
ということの体験をしたように思うのだ。
補足として、
自分のネガティブな感情を解消するために、
相手の行動に変化を求める、という要求は、
「攻撃」になるので、そもそもダメなんですね。
だから、
「おとうさんも習い事やってみたら」というのは、ダメなのね(笑)
ディクソン氏の理論のもうひとつ、有効と思えるところは、
事実、感情、提案を、整理して伝える、という考え方。
行政と交渉する場面などでは、もちろん有効だと思うし、
「自分はどうしたいのか」「自分は何を要求したいのか」
と、しっかり自分の要求を具体的に言語化する作業は、
「交渉」の場面で、すごく有効だと思う。
もともと、人種差別反対運動や、女性解放運動で、
「権利がないとされた人」が、権利を主張する際に発展した理論。
だから、「交渉」の場面では有効であり、
「イエスと言わせる交渉術」みたいな感じで、流行しちゃったんですね、アメリカで。
でも、そんなの超攻撃的w
だから、最近のアメリカでのアサーション理論は、
「自己主張する」よりも「聴く」に焦点があたっているらしい。
だから、IPS と重なるんですよ~~~
やっぱりコミュニケーションの鍵は、「聴く」だよね、と。
by もみじ momiji_okiraku*yahoo.co.jp *を@に変えてくださいね
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