ALSの利用者さん~その後 ― 2008年12月28日 16時52分34秒
その後、 ALSの方、Aさん。
ここ1~2ヶ月で、
かなり、症状が進んできました。
ムセも多くなってきた。
お箸は使えず、
スプーンとフォーク。
硬いものは噛めず、
ご飯に味噌汁をかけて、
流し込んでいるらしい。
「歩行」は、できるという状態ではなく、
つかまって、足をひきずりながら、
なんとか移動している、という感じ。
家の中は、
階段昇降機もつけたし。
手すりは、何本つけたか、
わかりゃしない。
浴室には、バスリフト。
居間には、電動リフト座椅子。
玄関前は、スロープ作った。
住宅改修と環境整備は、
もう、し尽くした。
し尽くした。
そして、
あとは、
将来、呼吸器をつけるか、どうか
これが、残っている課題、
だろうか。
住宅環境整備が終わったので、
先週の佐川面接で、
あらたまって、
また、聞きました。
呼吸器、どうするか、と。
号泣されました。
前回、3ヶ月くらい前も、
号泣でした。
おそらく、
ケアプラン担当した頃と、
「病気の受容」という意味において、
ほとんど、
変わっていないのだなと思う。
これまでに、3回ほど、
号泣させました。
将来、呼吸器をつけるのか、どうするのか、 というテーマの面接で。
毎回、号泣になる。
今回も号泣させてしまい、
号泣がおさまっても、
Aさんは言葉を口にしないまま、
メモにご自身の気持ちをペンで書いて、
私に見せた。
「考えたくない
申し訳ない」
「耐力がない」
つらい思いをさせて、申し訳ないなぁと、
こちらもつらい思いになり、
なぜ、私や医者は、
「将来、呼吸器をつけるのか、つけないのか、
本人の意思を確認しておきたいのか」
に、
こだわるのか
これを聞いておきたいのか
把握しておきたいのか
決めてほしいと思うのか
自己洞察しました。
方針を決めないまま、
Aさんの希望がわからないまま、
呼吸不全をおこし、
意識低下なんかをおこしたら、
家族は、救急車を呼ぶだろう。
救急車呼んだら、さいご、
病院に到着したら、
意識混濁状態のAさんは、
自分の意思を表明できない。
家族も、Aさんの希望を聞けてない。
となったら、
間違いなく、
挿管されて、
あるいは、気管切開されて、
呼吸器を装着されるだろう。
でも、
本当は、
呼吸器は付けたくなかったと、
Aさんが思っていたとしたら、
大変な、悲劇となるわけで。
日本では、
呼吸器を途中ではずすことは、
医者たちが殺人罪に問われるから、
できませんから
Aさんが、
本当は呼吸器付けたくないのに、
付けられてしまったら、
大変な悲劇となる
それは、できるなら、避けたい。
こういう思いがあるから、
「Aさんの不幸・悲劇を招かないために」
医師や私は、
今後の方針を聞いておきたいのだ。
「Aさんのためを思って」
でも、
当のAさんが、
「考えたくない」
という気持ちであるならば、
Aさんのためを思って、方針をはっきりさせておきたい
というのは、
援助者の価値観の押し付けになってしまうのだろうな。
Aさんが書いたメモ書きを読みながら、
タオルで顔をぬぐっているAさんに向って、
「(上記の)悲劇にならないようにしたいから、
私はケアマネとして、
将来の方針を聞いておきたいのだと思います」
と、
Aさんに、伝えました。
そして、
「でも、Aさんが、『考えたくない』というのであれば、
この先、呼吸器のことについては、
私のほうからは、聞かないことにします。
Aさんが、自分で考えて、
ご自分で方針をはっきり決めたら、
Aさんから、私に連絡をください」
と伝えて、帰ってきました。
翌日、
住宅改修や、
レンタル用品でお世話になっている
福祉用具の事業者・Bさんに、
Aさんとの佐川面接のことをいろいろ聴いてもらい、
ちょっと、ガス抜きをさせてもらいました。
このAさんのことでは、
レンタル屋のBさんに、
ほんと、助けてもらっていまして。
話しながら、
・「考えたくない」って言ってんだから、それまでだ
・でも、Aさん自身が、病気が進行しているのはよくわかっている
・今後は、「3ヶ月先のことを考える援助」ではなく、
「今、必要なことを提供していく援助」が、
Aさんのニーズに合うのだろう
・そのとき、その場面で、
Aさんに「決断」してもらえば、いいんじゃないか
こんな感じかな、と
今後のAさんへの支援方法を考えました。
病気の受容
受容できるまでのプロセスは、
本当に、個人差が、あるんだろう。
キューブラー・ロスの
「死ぬ瞬間」
看護学生のときに読んだけど、
「否認」 「怒り」 「取引」 「抑うつ」 「受容」
受容までは、5段階ある
ということしか覚えていないので、
もう一度、2001年出版の新訳版で読んでみようかな。
ALSということを
本人もしっかり認めざるを得なかった受診から、
約半年。
Aさんは、今でも、
「否認」と「怒り」のところにいるのかな、と思う。
親戚の方が、
「病気になってからの様子をずっとみているが、
弱いんだなと思った」と。
ある事業者さんから、
要介護度「自立」状態 → ALSで呼吸器つけずに「死亡」
この間、たった半年
初めから呼吸器はつけないと、すでに決まっていた
自宅で安らかに亡くなったらしい
というような方のことを聞いた。
人、それぞれ、なんだよね。
Aさんは、半年たったけれども、
そういう状態。
Aさんは、そういう人なのだ。
それが、悪いでも、良いでもない。
Aさんはそういう人なのだ。
そのAさんは、
今、そういうポジションにいるのだ。
そういうAさんに、
必要な援助を考えるのが、
私の役割なのだ。
今後、刻々と変化していくAさんの状態に、
遅れることなく、
ベストなタイミングで
必要な援助を組もう。
そろそろ、
訪問看護の利用を提案してみようか。
来月、通院時、
Aさんがいないときに、
奥さんだけの面接をしてみよう。
面接の目的は、
奥さんが置かれている状況のポジショニング。
その結果、奥さんに許容量があると認められたら、
呼吸苦が出て、救急車を要請した場合、
どんな展開になる可能性があるのか、
一緒に想像してもらうという作業をしてみたい。
あーあ、何度も訪問して、
面接しても、
介護報酬は、変わらない~
来年度の報酬改定で、
加算の要件が緩和されたんだよね。
もみじが主任ケアマネ修了してても、
一人で事業所やってる限り、
加算はもらえない。。。。
2人以上のケアマネがいさえすれば、
主任ケアマネ修了してても何の勉強もしてない事業所でも、
毎月3000円プラン料加算されるんだよな。
悔しいなぁ。
by もみじ momiji_okiraku@yahoo.co.jp
コメント
_ こまめ ― 2008年12月30日 22時07分08秒
_ ミルク☆チョコ ― 2009年01月04日 17時59分52秒
世の中の大半の場合は『受容』に至るまで、周りの友人たちも亡くなっていき、物忘れをするようになり、身体も思うように動かなくなっていき、と自然の中でその過程をゆるやかに辿っていくのでしょうね。
Aさんにとってはそれがあまりに早く来てしまった。
考えれば考えるほど難しいですね。
_ ひよこ ― 2009年01月08日 22時42分32秒
援助側として、何とか御本人の意思に沿った
支援をしたいのに、その意思をご本人が
決定したくないという、切ない場面の様子ですね。
>今後、刻々と変化していくAさんの状態に、
遅れることなく、
ベストなタイミングで
必要な援助を組もう。
この心がけで、十分かと思います。
自分自身と向き合うつらさを
知っていて、なお深い洞察のできる
もみじさんなら、きっと
ベストなタイミングを活かした
援助ができると思います。
生意気なことを言ってすみません。
もみじさん お元気ですか?
私は、家族に要介護者が発生したのに、
職場で休暇を取ることもできない
(すきあらば居宅を廃止しようとしている経営者)
で、ストレスの塊になっております。
来月には、アサーティブ応用講座に行って
経営者のパワハラに負けないコミュニケーションが
できるようにがんばりたいです。
_ もみじ ― 2009年01月10日 13時53分15秒
レスが大変遅くなり、失礼いたしました。
コメント、ありがとうございます。
今さらながら、同じ病気でも、ほんとうに人それぞれなのだなと、
勉強になりました。
以前プランを担当していた方は、早くから呼吸器を付けることを決めていました。また別の方は付けないことを決めていました。
診断を受けてから半年経っても病気自体を受け止めることができていない方は初めてで、他のサービス関係者や同業者の方からも同様な状況にあったケースは聞くことがありませんでした。
だから、いい悪いというものではなく、「この方はこういう人なのだ」と私自身が受け止めればいいのだという考えに至りました。
★ミルク☆チョコさん
レスが遅くなり、失礼いたしました。コメントありがとうございます。
「受容」に至るまで、いろんなプロセスがあるのだなと、今回、改めて感じています。
例えば、今、私が癌と宣告されたら何を考えるだろう、とか、いろいろ思いました。
しかし、Aさんの援助過程において、援助職として自分が「自分の場合だったらこう考える」ということは、あまり意味のあることではないのかなと思いました。Aさんの思いや考えをありのまま受け止めるという姿勢が援助職に必要なことなのかなと思いました。
「私だったらどうだろう」は、「死」を身近につきつけられたとき、どんな気持ちになるのだろうかという点において、援助職の「共感」という視点で大切なことであるのかなと思いました。
なんだか抽象的なハナシでわかりずらく、すみません<(_ _)>
★ひよこさん こんにちは
コメントありがとうございます。
方針を決定できないAさんにベストな援助。
福祉用具の事業者・Bさんに、
「もみじさん、Aさんの場合は、3ヶ月先のことを考える援助ではなくて、
1ヶ月先のことを考える援助くらいがいいんじゃないですかね」
Bさんのこの言葉が、自分を落ち着かせてくれました。
我々ケアマネは、経験があるので、この先どうなるかが見えてしまい、わかっている分、こうしておいた方がいい、と、
あせりが生じる、、、
と、スーパーバイザーが言ってました(-_-;)
自分もそれに陥っていたように思います。
アサーティブの応用講座、楽しみですね。
加算要件も発表されて、居宅事務所をケアマネ3人以上にするかどうか、
経営的にいろいろな思惑がとびかう年度末ですね(-o-;
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_ 徒然えふぇくとーTSUREZURE Effectー - 2008年12月29日 02時12分31秒
どう思う??3%アップって・・・。
いろいろ調べてみた。一般的なサラリーマンの給料収入年額は437万円。地方公務員の平均年収は728万円で、国家公務...
もし、「あなたは、どんなふうに生きたい?」「どんなふうな最後を迎えたい(これも、やはり厳しいかな?)」というようなことを、とりとめもなく話していく中でなら、
もしかすると、答えることもできるかもしれない・・・。
難しい問題ですね。